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秘密の穴と隠し事

何か妙な言葉の響き。
秘密や隠し事ってやっぱり罪悪感が伴うのかなぁ

誰にも言えない秘密。誰にも話せない隠し事。

実は誰かに言ってみたいのかもしれない

でも言ったら秘密じゃなくなるし
隠し事じゃなくてもうどうでもいい話しになり
悶々としたりして

人って色々な環境で秘密の穴って持っているような気がする。
仕事に対して
社会に対して
家族に対して
女房に対して

でもそんなに穴があるかなぁなんて自分に問いただす

僕は個人的には秘密の穴は無いよりあった方がいいと思っている。

なぜなら、その穴に逃げ込む事も日常生きてると多くあるしその穴の中でリフレッシュして出てこれる気がする。

秘密が深ければ深い程穴に入る楽しさ 出る時の爽快感がひとしおになる。

改めて自分が持っている穴がどれ位あるか考えてみる

数は言えない。秘密だから。

皆さんはどうですか。

秘密って隠し事とは違って日々息をして少しずつ何か変化してるような気がする。

隠し事はいつまで行っても隠し事でそこに逃げ込む隙間なんて全くない
触る度に気持ちが落ち込んでしまう気がする。

隠し事は無いにこしたことはない。
それ位なら秘密の穴でも探しに巷にふらふらした方がいい なんて新年早々ちょつと変態気味な僕であります。

あけましておめでとうございます。今年は何か変化のある一年になる予感がします。よろしくお願いします。
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駿介が生まれたよ。

平成24年11月15日6時34分。駿介がこの世にやってきた。
10ヶ月と少しお腹の中でもぞもぞしながら、
ちょうどその日は女房の誕生日。
予定日は翌日の16日だった。僕は予定日が決まった時にすでに駿介は
15日にやってくる気がした。そして女房も自分の誕生日に産もうと心に
決めていたにちがいない。
それがお腹の中の駿介に通じたのだと思う。
自然分娩で14日の夜中に陣痛が始まり夜が明けた
6時34分に産声をあげた。

立会出産で僕も分娩室にいた。何が出来る訳でもないが
女房の頭の上でビデオ片手に、痛さに喘いでいる女房の顔をチラチラと
見ながら一緒にフーフーと声を合わせていた。
本当に祈る気持ちでその場にいた。
祈るという気持ちは緊迫しないと存在感が出てこない。
お陰様で安産で生まれた。
この世に出た瞬間に泣いた。
大きな声で泣いた。
初めて聞く我が子の声は泣き声なんだと改めて……
これからずっと駿介の誕生日と女房の誕生日は
駿介が優先してしまうだろう。

女房へ

良く頑張ったね。ありがとう。
駿介 これからよろしく!!

今の僕の夢

先日女房の実家に行った時の出来事。

家族5人でお茶を飲みながらの時、
ママが(女房の母親の事をそう呼ぶ年は僕と同じ
この年になっても夢ってあるものなの?って聞いてきた。
僕はその時すぐに おでん屋 をやりたいんだって言った。
なぜ おでん屋かと言われると まずおでんを食べながらお酒を呑むってなんとなく大人の感じで好き。おでん自体はヘルシーなので若い女性なんかにもアピールの仕方次第では
今のおでん屋の暗くて小汚いイメージの中でお酒やおでんを楽しむじゃなくてもっとおしゃれ感覚て楽しめるんじゃないかな~
なんて思っていたので……
そういう ODEN屋
もやってみたかったので皆の前で夢として話したら

女房は「もうこの先お店はやりたくない!」
ママと岡田さんは「岡田さんとはママの旦那で僕からすると義理の父親年は僕より二歳下」
「もう仕事なんかしたくない……!」と二人声を揃えて…

僕は夢はあるの?って云うから言ったまででそんな現実的なコメントが帰ってくるとは思わなかった。
そしたらママが岡田さんに向かってあなたは何か夢はあるの?って聞いたら 岡田さんはうーん そうだな
キャンピングカーなんか買ってキャンプなんかいいかもしれないねぇーなんて言ったら
すかさずママが
「そんなお金どこにあるの?…」
あれれ~夢のない話しになってしまいこの話題はそれっきり。ティタイムでの夢のお話しでした。

そばで聞いていた蓮太朗に夢は見るものじゃなくて持ち続けるものなんだよーなんていっても、
まだ何もわからない彼。
この先莫大な時間の中て何を持とうするだろうか…
一番の楽しみであり僕の夢かも。…

月がでたでた

 
月がでたでた月がでた
でおなじみの炭坑節  二歳の蓮太朗が大好きな歌だ。
今年の夏に近所で開かれた盆踊り
何ヶ所行った事か絶対にかかるこの曲と太鼓の響きがハマってしまったらしい。
家にある太鼓を本当に器用に叩く。
どどん どどん
 
どどん どどん
朝といい夜といい気が向く叩きはじめる。それが実にリズムがいい。
親バカとしてもそのリズム感には感心する。秋になった今でも蓮太朗の頭の中はあの夏の夜の激しくももの悲しい炭坑節の歌と太鼓が忘れられない
今日この頃です。ちなみに明日は雨らしいけど先程見た月は満月の二つ手前の柔らかな月でした。

朝焼けと夕暮れね歌

夕暮れをテーマにした歌は結構ある。
やっぱり1日の終わりとしての夕暮れは人々の心に1日の区切りをつける為にもなんとなく自然に必要な出来事

高田渡さんの 夕暮れ なんてもう泣けてしまう位の無駄のない詩になっている。

僕の自作の曲に
残像 という詩がある。
安らぎのような夕陽が落ちてゆく
僕はコーヒーをすすりながら眺めている
外はもう今日をあきらめてしまった

働きすぎた夜の中で僕はいつも
何かうまい話はありませんかと
窓の外の灯りに話しかけていた

乗り切れるこの世は淋しさだけ
乗り切れぬ僕は悔しさだけなのか


そして今ふと思い出した。
何十年か昔にカラオケで朝焼けをテーマにした歌を歌った事がある。
誰が歌っていたか覚えてはいないけど

朝焼けが窓を染めたなら
君につげよう
グットバイ モーニング

全体のメロディーは優しくやわらかな感じなのだが最後のフレーズのグットバイモーニングって何か妙に恥ずかしくて歌いづらかった。

グットバイモーニング 直訳するとサヨナラ朝 かぁやっぱりしらけるよなぁー
僕はやっぱり夕暮れをテーマにした歌の方が好きかも
夕暮れに仰ぎみる
輝く青空
日が暮れてたどるは
我が家の細道

私の青空

久しぶりです。

久しぶりです。千葉の北小金に引っ越しして早一年たちました。しかし一年って早く過ぎるものだとつくづく思います。池袋までの電車通勤。約1時間10分最終電車だと遅れが日常的で1時間半位になります。始発になるとさらに時間がかかり2時間にもなる。待ち時間があるので仕方ない。とにかくよく通勤してると自分を誉めたいです。やはり始発に乗り朝が明けてゆく頃がなんともいい感じ。1日の疲れを朝日の中で眠気と一緒に感じて歩いている自分が責任を背負った大人のようで元気の気が体を回るのをひそかに楽しんだり。お前はエライ!独り言を東善寺を通り過ぎたあたりで呟く僕です。

昔を懐かしんで何が悪い。

人は良く年をとるにつれて昔はあーでこうで良かったよなんて人様に話しをして聞かせたりしている人を見て
批判的な意見を言う。

僕は懐かしむ昔、過去がある人の方が好きだ。

その時その人は10代の頃に戻って好きだった彼女の事など思い出し

自分でしか感じなかった感情を思い出しているなんて
なんて素晴らしい事。思い出す行為って一瞬の内に20年~30年前の記憶の扉を開ける事で脳にはものすごい刺激だと思う。

脳トレなんて言ってなんかむづかしい事してるよりは

毎日 今日は10歳の頃に戻って思い出に浸ってみようとか~20歳の頃の過激な自分を見てみようとか~

まあそんな事を繰り返していたら
もしかして生まれた時の記憶まで到達したりして……そんな事はないけどね。

思い出のある人生こそ、人との出会い 別れのある人生こそが

その人の人生の厚さをだしているような気がします。10センチより30センチ 30センチより70センチ位の厚さを目標に暮らしていきたいものですね。

70センチがどの位の人生の中身かは私にもわかりません。

ただ思い出は天国までもっていけそうな気がする。

なんて~思っている今日この頃の僕です。だから大いに昔を懐かしんでみようよ。

29日はカントリーナイト

今回のカントリーナイトはゲストにペダルスチール奏者の叶沢信明さんを迎え

スチールギターの響きを楽しんでいただければと思います。皆さんの歌のバックでセッションもありですので是非楽しみに。

そう先日、ひょっこり野口さんがお客様を一人連れて遊びにいらしました。野口さんと言っても誰か分かりませんよね。実はカントリー界の重鎮のギターリストの野口武義さんです。

お連れになったお客様はムッシュ大江さん。この方もカントリー界のペダルスチール奏者として知らない人のいない方で僕はお会いするねが初めてで野口さんが紹介してくれました。

大変嬉しかったです。ムッシュは店の近所に住まいがあるとの事でこれからはちょくちょく遊びに来ていただけるとの事。

その日はお二人とプレイはできませんでしたけど楽しい一時でした。

29日のカントリーナイトは皆さん楽しみましょうね!

良薬口に苦し

蓮太朗は保育園に行くようになってよく病気をする様になった。

仕方ない事だと皆口を揃えて言う。だから仕方ない事だと思う様にした。先日も風邪気味でいつものかかりつけの病院じゃない病院に行く事になった。

目白にあるS母病院とか言う由緒ある病院らしい。女房が蓮太朗を連れて行って診察してもらい薬をもらってきた。

抗生剤と咳止めらしい。食後に飲む薬で蓮太朗の食後に女房がこの二種類の薬を飲ませるのだが……
あの手この手。水に溶いて飲めるのはいい方で、アイスクリームやジュースやら時には食事中のおかずにまぜたり……

薬を飲ませるのは大変なのです。
そして先日のS母病院からもらった抗生剤 女房がこれ苦くて飲ませずらいの…

苦味のせいで食べた物はいちゃた位だから と言うのです。え~そんなに苦いの?心配になった僕はその薬を舐めてみました。え~とんでもない苦さ。甘いゼリーと一緒に舐めてみた。最初はゼリーの甘さでーと思っているとまた苦味がどっしりと表れるのです。そして水を飲んでもあんこを食べても何をしても消えないのです。

こんな薬あるんだこれってこんな小さな子供にどうやって飲ませろって言うんだ!バカヤロウ!この薬を処方した先生は本当に子供を風邪から治したいと思ってない奴だと思った

本当に子供を風邪から治したいとおもったら子供が飲めるようにしたものを考えて処方すると思う。

あらかじめ飲めない薬をさも偉そうに出す神経が今の大病院の内容なのかもしれない。

病院が患者に治ってほしい気持ちが伝わらない医師や病院は昔の栄光の布団の上に座っていて現状を解ろうとしていない様に感じる。

良薬口に苦し なんてのは昔の話しで今は良薬は飲みやすく体にもダメージの少ない薬がきっとあるはずだしいい医師はその飲み方や工夫を考えてくれる。

S母病院はきっとこの先もこの苦い抗生剤を処方し続ける事だろう。

そしてその病院に通う子供を持つ母親は鬼の様な顔をしてその薬を無理やり子供の口に流し込む姿が目に浮かぶ

我が家はもうその病院に行くのをやめた。

想像出来ただろうか

子供の頃、小学生5年生位かなぁーその頃は育った町も田舎町でのんびりとした時代だった。

まさかそんな時に今の生活が想像出来ただろうか。

出来る訳がない。
夜中の2時過ぎに自転車で立教通りをひた走る自分の姿。絶対に想像出来ない。

でも現実なのだ。5年生の時に「将来の夢」という題で作文を書くことになった。

僕は不思議にその時の夢をなんと書いたか覚えているのです。

将来の夢はバンドマンになりたい

って書いたのです。本当に今になって驚いています。まさか今のこの極貧音楽生活を想像して書いたとは思えないし、バンドマンになって楽しい音楽をやり裕福な生活をきっと夢に見たのでしょう。

あぁーなんと甘い夢。そしてささやかな夢。でもその時の夢はバンドマンになる事だけじゃなく、バンドマンになって色々な人達を音楽で楽しんでもらいたいという夢があったのだと今思っている。

きっとそうだ!
生活は想像出来なかったけど、音楽をやっている将来の自分を想像出来たなんて

立派なのか、情けないのか……
カウンター
動画です
お店でのライブ動画です。再生してご覧ください。
プロフィール

sunnyspotトモ

Author:sunnyspotトモ
池袋西口にあるLIVE Bar Sunny Spotのマスター川城です。超アナログ人間な私でしたが、初めてブログに挑戦です。お店でのライブ模様や、お客様との楽しい出来事なんかを、書いていきたいと思います。

お店のHPはこちらから↓↓
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